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村上春樹著『羊をめぐる冒険』

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混沌が秩序であり、秩序が混沌である。
混沌を単純な秩序に置き換えることを逃避という。
混沌の中に複雑な秩序を見出すことを努力という。
宇宙も混沌のままで様々な法則がある。
それはとても複雑な数式で成り立っている。
一見して秩序があるとは思えないような数式で成り立っている。

土壌も人間が耕す前は微妙な秩序によって成り立っている。
耕すことで土壌の秩序は乱れ、新たに秩序を保つために、
いろいろな努力をしなくてはいけない。
人間が知恵で作り出した秩序には、枠が生じ、内と外が生じる。
そして、 雑草や獣などの秩序を乱すものの問題が出てくる。

テロリズムは混沌では無い。手段は個人であるがそれを動かすのは原理主義という単純化された枠。
枠を作れば他の枠との衝突が必ず生じる。

環境問題も個人の欲望の結果では無い。
高度資本主義という枠。
その枠の中で秩序を乱さないという意識が、
大量消費に同調して生活することになる。

例えば隣の家が車を買えば、うちも買いたい。それは個人の欲望ですらない。
同調するための欲望。
うちだけ車無しというのはありえない、という同調。

最近はその枠を感じない人たちや、
枠の中の偽秩序を感じない人たちも増えてきた。

それはある思想で無視しているというよりも、
自然に枠を感じなくなっているのかもしれない。

フランスやベルギーでテロがおこっても、
一方的な感情だけでは本質を見い出せないという声をネットで多く聞くようにもなった。
これは宗教という枠同士の争いということを肌で感じているからかもしれない。
そして自らはそのいずれにも属さないということを、自然に感じているのかもしれない。

枠の外に出て、自分の足で立って、自分で考える。
混沌の中に、秩序を自分で見出す努力をする。
広大な宇宙に秩序を見つけ出す努力を科学者が続けているように。

枠は内と外とを生み出し、衝突を招く。
敵を作り出す。
そして、その内側でもその偽秩序を保つために、
無駄とも言える努力をしなくてはいけない。

そしてその結果、その内も外も幸せから離れてしまう。

多様性という混沌のままで複雑な秩序を見つけ出すことは、
枠を作ることよりも、ものすごく大変だけど、

それはきっと心と世界に平和をもたらすものと思う。
それが宇宙を含めた自然な在り方だと思う。