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賤民にされた人びと、斜線の旅

その土地に伝わる言葉をしっかりと噛みしめると、日本人が数多の種族の混成であることが肌で感じられる。火山でできた島々に押し寄せる波のように、古代から多くの人びとがこの島を訪れ色を重ねていく。先に居た人々を悪に仕立てて追い払い同化させていくことを歴史というなら、教科書で教えられる歴史を「なぜ?」という視点から見れば、そのことがはっきりと見えてくる。単一と多様。生物の世界でどちらが持続的かは明確。多様な種族の混成より単一民族を「良い」と捉える風潮がもしあるならば、その種族を衰退させていくためなのかもしれない。融合していたものを分割し細分化し繋がりよりも差異を強調することで、世界的なビジネスは成り立ってきた。隣同士はいがみ合っているうちに、すべての「上がり」はどこかに吸い取られていく。だれも気がつかないうちに。立ち止まって自分の足から生えているであろう根を見つめる。その根が様々なものと繋がり合っていることを見つめる。そして上から吸い上げている掃除機の口を見つめる。その吸い上げる力よりも強く広く深く根を生やすために。

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レイチェル カーソン『沈黙の春』

レイチェル カーソン (著) 沈黙の春

「沈黙の春」が出版されたのは50年以上前。DDT禁止のきっかけとはなったが、その後、農薬の廃止までは至らず、現代においても農薬が人間を始めとした多くの生命を害している状況は、残念ながらあまり変わっていません。

しかし、最近になって除草剤の有毒性が認められ、オランダやフランス、アルゼンチン、ブラジルなどでラウンドアップ(グリホサート)の使用が禁止されるようになりました。この動きは他の国にも広がっていくと予想されています。

除草剤として日本でもっとも販売数の多いモンサント社製の「ラウンドアップ」に使用されている化学物質「グリホサート」に、世代を超えた毒性リスクがあることが判明

「グリホサート」請願が各地で相次ぐ 危険な除草剤の使用制限を

毛髪検査で国会議員ら28人中21人から農薬等13成分が検出!!「食の安全を考える議員連盟」設立へ~5.21体内残留農薬検査プロジェクト「デトックス・プロジェクト・ジャパン」発足

農薬の使用が長期的にどのような問題を引き起こすかについてはあまり説明されていません。しかし、知らなかったから、便利だから、みんな使用しているから、ホームセンターやドラッグストアにも普通に売ってるから、の代償は極めて大きいと言えます。

日本中から生物が消え、作物も野草も育たたず、鳥の声はなく、薬漬けの魚だけが海を泳ぐ。そんな「沈黙の世界」を子どもたちの未来に残してしまう前に、よく調べて、よく考えることが大切だと感じます。

アキアカネ(赤とんぼ)の激減は農薬も原因

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川口 由一 (監修)『はじめての自然農で野菜づくり』

自然農の畑と自然農の本

産業革命以降、なぜ世界中で農薬や化学肥料依存の農業ばかりになってしまったのでしょう。農薬や化学肥料が何から製造されているかを考えると見えてきます。この本は自然農法で有名な川口さん監修の入門書です。野菜も生命、土壌も生命、そこに棲む生き物たちも生命。すべての生命がつながりあうところに、人間の本当の食べ物が生まれてくる、そんなことを実感する本です。家庭菜園をされている方だけでなく農家さんにも読んでほしい一冊です。

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古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究 -日本原初考-

諏訪の土着であり縄文の文化を受け継いできた洩矢の民と、渡来系であり天孫族である大和の民、そして天孫族に追われて諏訪と融合する出雲の民。これらが重なり合いながら一つの形を成してきた諏訪。

洩矢の民が縄文から受け継いできたミシャグジの信仰は、異文化と融合しつつも江戸時代まで力強く生き続けてきました。しかし、明治維新以降の疑似的な天孫礼賛と即物的な社会変革によって、おおらかな自然体であるミシャグジの信仰は消えてしまうかと思われました。

そのような中で、このままミシャグジ信仰を絶滅させてはいけない、と何かに取り憑かれたようにミシャグジを甦らせる活動を始める人たちが顕れます。

この本ではこう語られています。「今、ぼくらが回帰すべきなのは、この自然そのもの、大地であり、樹木であり、空気であり、川であり、岩、山そのものなのである。それらの自然存在と、人間もまた切り離された存在ではないということをハッキリ認識するということなのである。原初に存在した、こうした信仰と、自然神(地母神)との交流から上昇し、呪術者が権力を握り、祭、政を分離し、支配者となってしまった構造は、この洩矢民族のミシャグチ信仰が滅ぼされていった過程の中に、まざまざと示されているような気がする。」(p.60)

地母神の信仰は日本だけでなく、ケルトや世界中に数多く存在します。地母神の恩恵を忘れて人間のみを分離させて疑似的な天に向かわせる思想は、本来、円環であるこの世界を破壊するものであることを、この本を読んで改めて強く思います。

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阿部健一編『生物多様性―子どもたちにどう伝えるか―』

多様であること、それは混沌とは違う。
画一であること、それは調和とは異なる。

多様であることの大切さを言葉で説明することは難しい。

自然界は多様さによって成り立っている。
人間の生命も自然界の多様性の網に含まれている。
地球上の生命が多様で無くなるほど、地球上のすべての生命は危機に瀕する。
人種や文化の多様性が人間の感覚をより高度なものに進化させている。

すべての進化は多様さが増えるということ。
すべての退化は多様さが減少するということ。

多様なままでひとつに調和することの美しさ。
強制的な力によって画一化されることの醜さ。

多様性の美しさを子どもたちと一緒に考える、
そんな機会がますます増えることを望みます。

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野本寛一著『神々の風景 信仰環境論の試み』

「神々の風景」は総じて変貌が著しい。それは衰微・荒廃してきているといって間違いない。その変貌と衰微は日本人の「神」の衰微であり、日本人の「心」の反映にほかならない。すべての環境問題の起点はここにある。自然のなかに神を見、その自然と謙虚に対座し、自然の恵みに感謝するという日本人の自然観・民俗モラルが揺らぎ、衰えてきているのである。かつて、われわれの先人たちは、折にふれて「聖性地形」のなかに身を置き、身と魂を洗い、汚れた心身を清め、魂の衰えを充たし、おのれを蘇生させてきた。そうした魂の原郷は、いかにしても次代に手渡してゆかなければならないと思う。(緒言 信仰環境論の視角より)

この本が出版されたのが1990年。それから四半世紀が経過し、日本だけでなく世界の「神々の風景」を破壊し続けているのが今の日本の現状とも言えます。しかし、経済を最重要とするこれまでの考え方から脱却して、古より受け継がれてきた自然観や民俗モラルをもう一度大切にしようという萌芽も現れてきています。その芽を殖やしていくためにも、先人たちが大切にしてきた「自然の中の聖地」を勉強するきっかけをこの本は提供してくれます。そして、実際にそれらの聖地に足を運び、心で直に観じるところから、本当に大事にしなくてはいけないものが見えてくるのかもしれません。

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菊池 木乃実著『木を植える男 ポール・コールマン 4万1000キロ徒歩の旅 』

1人が行動しても、世界はほとんど何も変わらない。
1本の木を植えても、世界はほとんど何も変わらない。

もともと自分たちのものでもない自然を自分のものと勘違いし、
森を破壊し、海を破壊し、清浄な空気を破壊し、
すべてを使い果たし、
わずかに残った資源をめぐって最後まで争いを続ける。

地球が許してくれる範囲を、精巧なシステムを、
自分たちでますます狭く不自由に改変し、
狭い檻の中で覇権を争う。

誰かが声高に叫ぶ。
1人が行動しても、世界はほとんど何も変わらない。

でも、それは彼に対しては何の影響も与えなかった。
なぜなら、変わるから行動するのではないから。
自分の中の本当の声に従って、ただ行動をしているだけだから。

たった1人の行動でも、世界は変わる。
たった1本の植樹でも、必ず世界は変わる。

そんな希望をもらうことのできる1冊です。

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稲本正(著) 姉崎一馬(写真)『森の旅 森の人』

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いくら自然を守るためでも極端なのは違う感じがする、と稲本さんは言います。それは「自然」な雰囲気では無いからかもしれません。

自然のことを全く考えないで資源を浪費する人たち。逆に、自然のみを第一にして人間の生活をすべて否定する人たち。すべてを0か1にジャッジする文化であれば、その二択は普通のことかもしれません。しかし、感覚的な感想ですが、特に日本やアジア地域においては、もう少し曖昧というか、全てを包容するような考え方のほうがしっくりくる人たちも多いような気がします。

この本のように、日本全国の森を実際に見て、そこで暮らす人たちと実際にお会いして、都市と森林の関係について、人間と森林の関係について、自然と人間を含むこの世界全体について、自分の経験と情報と感覚を増やしていく。そうすることで「自然」に、自然と人間とのあるべき関係が見えて来そうな気がします。

稲本さんはこの本の中で東京のような都会に暮らすことは必ずしも否定しない、と書いています。しかし、東京から見える富士山も大事にして欲しい、と。いつもそこに自然の懐があること忘れない。そうすることで自然と共存した人間の暮らし方を「自然」に選んでいけるのかもしれません。

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横川節子著『イギリス ナショナル・トラストを旅する』

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自然は美しい。でも、実は自然はただそこに存在しているだけで、その存在に美しさを見出すのは人間だったりする。自然を美しいと思う人間の存在はとても美しい。そして、その自然と調和して生活している姿もとても美しい。

自然との調和ある生活を愛した詩人ワーズワース。その意志を受け継いだ芸術家や思想家たちによって生まれたイギリスのナショナル・トラスト運動。この運動によってイギリスの何でもない自然や自然の中に佇む生活が、産業革命による工業化、商業化の波の中でも「大切なもの」として認識されるようになり、現在まで美しく保存され続けています。

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井形 慶子著『少ないお金で夢がかなうイギリスの小さな家』

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「あなたの家のいいところは」と聞かれたら、どう答えるでしょう。庭が広い。リビングルームが広い。最新のスマートホーム。駅から近い。買い物が便利。

でも、この本に出てくるのはhomely。

homelyの意味を調べると、家庭的な、素朴な、質素な。ただ住んでいて自分がもっとも心が落ち着く場所が、自分の家の一番いいところ、ということです。

たとえば、部屋の片隅に置いた小さくて古いソファ。なんでもないけどなんだか居心地がいい。そんな場所。

イギリスでは新築より中古の家の売買が多いようですが、不動産屋さんは延べ床面積を把握していないそうです。それより、1軒1軒に作りこまれた個性的な売りがあるそうで、この家じゃなくては住みたくない、という方が並んでしまう物件も。

Size is not way of showing status. 数字で表せるものは本当の価値ではないのかもしれません。

ヨットを浮かべて川の上に住んだり、風車小屋に住んだり、灯台に住んだり。でも、風変わりな人生を送っている人かといえば、そうでもなく、ロンドンの普通のビジネスマンだったりするそうです。

まだまだ画一的なことも多い日本ですが、誰かから与えられた価値判断ではなく、自分だけの価値の基準をもっと大事にする、そんな方がこれからますます増えてきそうな気がします。

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「穴守稲荷」駅前、はねだぷりんのブックカフェ羽月(うづき)さん

自転車で走っていてふと見つけてしまったブックカフェ。「BookCafe羽月(うづき)」さんは、昭和30年に初代が「食堂半分・書店半分」の店を開いたのが始まりだそうです。

実はここテレビでも紹介されたことのある「はねだぷりん」でも有名なお店なのでした。

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やさしい引き戸に誘われて店内に入ると、書店時代からの書棚に本がずらり。カフェでゆっくりくつろぎながら、そんな本たちを自由に読むことができます。

趣味の本や漫画や雑誌、アート本や志賀直哉全集もあったり、まさに本屋さんの中でのんびりできる感じ。そして、漫画「王家の紋章」の細川智栄子さんの直筆画も飾られていたり・・・と、ほんとに楽しい。

三世代にわたってコレクトされた蔵書に囲まれていると、今流行りのブックカフェともまた一味ちがう、どこか懐かしいような、親しみやすさとあたたかさを感じます。もちろん、新刊書や古書の販売もしています。

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いつもは厨房で腕を振るっていることが多いという店主の安武さんとお話ができました。

「・・・地元密着でやってきました。この場所で店を始めて私で3代目ですが、ここまでやってこられたのは、住民の皆さんのおかげです。

実は、もともとここにいたわけではないんです。米軍が空港を拡張して使うために昭和20年の9月、もと居た場所からGHQによってたった2日間で強制的に立ち退きになりまして、多くの住民の方と、穴守稲荷さんと一緒にこちらに移ってきたんです。
住民の方々に助けていただいたおかげで今があるんです。
羽田の知られざる歴史です。今はもう絶版になっているのですが、そのことを描いた絵本を、お店でお読みいただけます。

・・・6年前に改装して書店の奥でカフェをはじめて、少しずつカフェのスペースを広げたんです。
これからも地元の方々に何か恩返しをしていきたい、という気持ちが強いですね。」

「はねだぷりん」(写真は「大地」) 濃厚でなめらかな「大地」 昔ながらのカスタード「大空」 柔らかな食感の「幸福ミルク」

「はねだぷりん」(写真は「大地」)
濃厚でなめらかな「大地」
昔ながらのカスタード「大空」
柔らかな食感の「幸福ミルク」

「はねだぷりんの存在がカフェを開かせてくれたんですよ。」と、安武さん。

「近くで居酒屋さんをしていた方が開発されたプリンなんです。その方の、駅前にお店を出したいという思いと、私の方でも、何かもっと地元の方に喜んでもらえる方法はないか?と考えていたところでしたので、その思いが一つになって、販売することになったんです。」

最近では、ワインの試飲会やクラシックのコンサートなどを開いて、地元の活性化にも力を入れているそうです。

厳選した材料をつかって、店主みずから丁寧に手作りしている「はねだぷりん」は、ひとくちで思わず笑顔になってしまう、本物の美味しさ。そして、「多くの人たちにもっと本に触れてもらいたいと思っています。」という安武さんの言葉が、とても印象に残りました。

美味しいプリンとこの心地よさを味わいに、またぜひ立ち寄ってみようと思います。


お店へのアクセス
品川駅から「京急空港線」で15分。 「穴守稲荷」駅前、徒歩0分です。
〒144−0043東京都大田区羽田4-5-1
TEL:03-3741-1817
東京土産にもぜひどうぞ。

営業時間
平日 8:00~21:00
土曜 10:00~21:00
祝日 11:00~19:00

安武さんのブログサイトはこちらです。
http://ameblo.jp/syotentaisyou207/

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昆虫を求めて世界へ 佐藤 勝さん

昆虫を求めて世界中を駆け巡っている、「昆虫博士」である佐藤勝さんにお話をうかがってみました。

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GC「昆虫に関して、いままでで一番嬉しかったことは何ですか?」

南大東島でヒサマツサイカブトというカブトムシを見つけて、新種として認可されたことが、とびあがるようにうれしかったですね。

生まれたときから昆虫が好きで、40年あまりその道一本で虫を追いかけてきました。挫折せずに続けてきて良かった、という思いです。

GC「新種を見つけたことがきっかけで、本を出版されたそうですね?」

新種を見つけたことが新聞の記事になったんです。でも、それだけでは物足りない気がしましたので本を出しました。たくさんの方々に読んでいただきたいです。

「珍虫ハンターの海外旅行記」(文芸社刊)

「珍虫ハンターの海外旅行記」(文芸社刊)

GC「本のお話をもう少し聞かせてください。」

海外で新種を見つけたい、という思いから、世界80カ国あまりを訪問した「旅行記」になっています。
昆虫以外にも、リゾート地や、観光、グルメも載っています。昆虫というと苦手で敬遠する人も多いですからね。(笑)
海外旅行の観光案内としても、利用していただける内容になっています。

GC「ところで、少年時代と大人になってから、昆虫との関わりで変わったことはありますか?」

子どものころは、昆虫だったらなんでも、という感じで、アミ(補虫網)を使って、蝶とかトンボを追いかけていました。
18才のころから標本を作り始めたのですが、そのあたりから、アミを持っていると笑われたりしまして・・・、恥ずかしさもありましたので、
アミを使わずとれるムシですね、カブトムシ、クワガタムシ、コガネムシ、カミキリムシを追いかけるようになりました。

GC「昆虫の魅力をおしえてください。」

タマムシやコガネムシの色の美しさ。カミキリムシではルリボシカミキリという水色の美しいムシがいます。クワガタムシやカブトムシは色は地味ですが、強靭なボディが魅力です。
中でもカミキリムシは種類も多いのでこれからも追い続けていきたいです。

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GC「今後の希望や夢をお聞かせください。」

今の目標は世界100カ国を訪問することです。
現在日本以外で、96カ国に行きましたので、「マジック4」です!
今度の夏休みには到達する予定です。
もちろん、海外でも新種を見つけたいです。

そのあとの目標は、101カ国目の旅行で、プロポーズをしたいですね。
「101カ国目のプロポーズ」です。今はまだお相手はおりませんが・・・。
「昆虫と結婚したら?」などとよく言われるのですが、昆虫と結婚する気はありませんからっ!

それと、いつか珍獣ハンター・イモト(イモト アヤコ)さんとテレビで共演してみたいです。
自分は?もちろん「珍虫ハンター」としてですっ!

GC「それは楽しみです! 本日は、ありがとうございました。」

「珍虫ハンターの海外旅行記」(文芸社刊)はこちらで購入できます。http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-15152-6.jsp

佐藤勝(さとうまさる)さんのプロフィール
1974年9月27日東京都調布市生まれ
東洋大学短期大学英文学科卒業

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村上春樹著『アンダーグラウンド』

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60人の地下鉄サリン事件の被害者、関係者の声が掲載されたノンフィクション作品。

村上さんは最後にこんな内容のまとめを書いています。
「帰依した人々の多くは、(中略) 自我という貴重な個人資産を麻原彰晃という「精神銀行」の貸金庫に鍵ごと預けてしまっているように見える。(中略)それは彼らにとってある意味ではきわめて心地の良いことなのだ。何故なら一度誰かに預けてさえしまえば、そのあとは自分でいちいち苦労して考えて、自我をコントロールする必要がないからだ。」

しかし、「もしあなたが自我を失えば、そこであなたは自分という一貫した物語をも喪失してしまう。(中略)あなたはその場合、他者から、自我を譲渡したその誰かから、新しい物語を受領することになる。」
それが「何かのために血にまみれて闘う攻撃的な物語だった」としても。

自他の接点として、人は自分だけの物語を作る必要がある。
そしてその物語を通して、社会の中で生きていくことができる。

その物語は自分で書くのだから、いつでも修正ができる。
他人にあわせて。社会や状況にあわせて。

いくら下手な物語でも、きちんと自分で書いていれば、
いつかは誰かとつながることができる。

でも、上手(じょうず)や下手(へた)、勝ちや負けでしか判断されない社会で、
上手く書くというプレッシャーから自分らしい物語が書けなかったり、
他人は簡単に勝ちを手に入れていると勘違いして、地味な努力が億劫になったり。

そんなとき、自分の物語の書き手の権利を、特定の人や集団に預けてしまったら、
それは極楽な世界が待っている。
正義の物語は誰かが書いてくれて、勝手に上から下りてくる。

たとえ、何の罪もない普通の人たちが精神的、肉体的に犠牲になることが判っていても、
上から下りてくる正義の物語を生きていれば、
目の前の生身の相手に合わせて修正すらしなくていい。

地下鉄サリン事件の実行犯は5人。逮捕者は約40人。
もしこの僅かな人数の人たちが、自分の物語を自分で書くことを続けていたならば、
13人の方が亡くなり、約6,300人の方が負傷したこの事件は発生せずに、
1995年3月20日もただ普通の平和な1日であったのかもしれない。

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野田又夫著『デカルト』

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人それぞれ蓄積した感情がある。人それぞれ固定された立場がある。

でも、デカルトが大事にしたのは、自分の感情はいったん排除して、対象をあるがままに捉える努力をすること。
そのうえで、自分の自由な意志で判断すること。

誠実さを持って目の前の「今」を判断すること。
その逆は、偏見のまま対象をよく見ずに、誰かの言葉に基づいて判断すること。

対象を自分の目で直接見れば自分の中の世界が広がる。
自分自身で判断すれば、自分の中の判断力(善を見出す力)が身につく。
簡単ではないけれど、それは自分が伸びるための生き方かもしれない。

ただし、デカルトは「対象を客観的に見て自分で判断する生き方」を他人に強制する気は更々無いと言う。

なぜなら、デカルトは一人一人の自由な意志による判断を最も大事にしているから、らしい。

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シンプルな文庫本バッグ

シンプルに、文庫本一冊を持っていく。

公園に。
海辺に。
川べりに。
・・・。
そして、ゆったりと、シンプルな時間を過ごす。

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天然素材の麻紐で、小さなバッグを編んでみました。

クラフト用の麻紐をかぎ針編みで、グルグルと編んでいきます。持ち手も後付けではなく、グルグルと編みながらなので作り方もシンプルです。

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ケン・シーガル著『Think Simple』

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スティーブ・ジョブズはたとえ大企業になっても、大企業らしい行動には強く抵抗した。
それは、何かを実現するには「大」は不要であるから。

「考えることは大きく、それ以外は小さく。」

もし、企業を見事に骨抜きにしたければ、
役職をできるだけ多く作ればいい。

社内の複雑な仕組み。それは仕事が進んでいなくても仕事をした気になる人を増やす。

複雑な文章や資料。それは目新しさが全く無くても、自分がすごい論を展開している気にさせる。

複雑はいとも簡単。シンプルはとても難しい。

ある撮影現場で、自分をアピールしてきた彼とのやりとり。
スティーブ「それで君は何の仕事をしているんだい?」
彼「(有名な)広告代理店の管理職です」
スティーブ「そうか、オーバーヘッドだな」

※オーバーヘッド=それが存在することでシステム全体の負荷になるもの。

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ジュリアン・モア著『南仏プロヴァンス料理紀行』

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ジュリアン・モア著 角田 俊、パトリス・ジュリアン監訳『南仏プロヴァンス料理紀行』

アラブの方々が大切にするオリーブの木は、西洋のものでも東洋のものでもない祝福された木と呼ばれているそうです。にんにくとオリーブ油とハーブをふんだんに使うプロヴァンス料理の、誰でも簡単に作ることのできるレシピがこの本には載っています。

その材料は身近なところで得られるものばかり。森の幸、山の幸、薬草、きのこ、いちじく、アーモンド、オリーブ、はちみつ、ワイン。

そしてプロヴァンスは、よその土地からも多くの恵みを受けています。ぶどうを持ち込んだのはギリシア人。オリーブはローマ人。唐辛子はスペイン人。ミントはアラブ人から。

レストランのオーナーシェフであるミッシェルさんは言います。「あんたの食べるものが、あんた自身を表すんだよ。私自身は楽しみで食べる。おかげでいつも健康だ。楽しむことに罪悪感をもっちゃいけないね」

自然からの恵み、人からの恵みをありがたく受けて、のんびりと楽しんで暮らすプロヴァンスの人たちの様子が、この本から垣間見えます。

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PRESS PARIS『東京のパリ案内』

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東京は良い街だと思う。海外からの多くの文化が集まり、融合し、そして東京という新しい文化が作られているから。

まず、その国に行く。それが最も正しい。遠くから何を言ったって何も始まらないし、何ひとつわからない。でも、たとえ足繁く現地に行けなかったとしても、自分と異なる文化に日常的に触れるだけで、固定されていた視野は思っていたよりぐんと広がる。

この本では東京で体験できるフランスが数多く紹介されている。それはよくある料理や雑貨のイメージを超えて、東京在住のフランス人向けの施設であったり、フランス人と会話のできる場所だったりも紹介されているところがいい。6年前の本だけれど、いまも十分に使える。

自分のライフスタイルが一番だとつい思ってしまう島国的、ムラ的な何かを積極的にOFFにして、違う文化を味わう、受け入れる余裕をいつも持っていたい。そして、それを実現させてくれる東京という街は、やはり良い街なんだろうなと改めて思う。

Article

司馬遼太郎著『人間の集団について』

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普通の会社は自称100の人を集める。入社後も100を装い、会社は社員の100の装いに満足する。そして、組織全体の偽装や隠蔽や数のごまかしが後を絶たない。

なぜ、自称10とか20の正直な人を尊重しないのだろう。
なぜ、一緒になって10が11に、11が12になる一番楽しい過程を楽しまないのだろう。