Capellagården(カペラゴーデン)と人工知能

/
Photo by Anatoliy Gromov on Unsplash

カール・マルムステン(Carl Malmsten)はスウェーデンの有名な家具デザイナーであり、スウェーデンで最も美しい島といわれるウーランドにある工芸とデザインの学校、Capellagården(カペラゴーデン)を始めた教育家です。

権威主義的で理論過剰な学校への「別の答え」としてのカペラゴーデンでは、島にある自然をそのまま感じ、対話し、生活し、そして、その自然からいただいたインスピレーションや材料を、自由な発想と表現を尊重しながら、自分の中から湧出してくる形のないカタチを実際の形にしていく練習によって、「手の知能(handens intelligens)」を磨くことができるようです。

その表現は木工に限らず、テキスタイル、陶芸、そしてバイオダイナミック農法をベースにした園芸までも含み、自然の中で生活し、自然を通して本当の自分と接続し、手の赴くままに自然の中から材料を見出し、何かを作り出していく。そこに結果としてのデザインが生じ、機能が生じ、しっくりとした美しさがある。

では、「手の知能」はどのように磨かれていくのでしょう。それは、熟練だけでは無いように感じます。技術には熟練が必要です。しかし、熟練だけであれば機械に置き換えることも可能です。人工知能が人間の仕事を奪ってしまうという話もよく聞くようになりました。

しかし、知能は脳によって生まれるものか、そうでないのかということもあります。知能は人間の外に螺旋状に保存され、そこにアクセスする機能のみが脳であるという説もあります。その外部にある知能は自分自身の潜在的なすべてだけでなく、宇宙全体の知能とも接続されているという考え方です。

例えば、自動車に搭載されるカーナビは、それ本体にも道を判断する機能がありますが、外部の膨大な情報を得なければ役に立ちません。脳も同じで、それのみでも反応的な判断はできますが、より創造的な知能は外部と接続をしないと得られないとも言えます。

遠い昔では洞窟の中でそのような接続が行われ、判断や行動の方向付けに利用していた可能性があります。地域によっては現代においてもそのような行事が行われ農事に利用されています。しかし、その接続が大規模に専門の人々によってのみ行われるようになると、そこにズレや意図が含まれるようにもなります。現在の政治(まつりごと)ではそのズレが最大値を更新し続けているように感じます。

さらに、誰かが意図を持ってプログラムしていることを否定できず、だれもその正しさを保証できない人工知能やインターネットのサービスが、自然の中の接続ポイントの代わりとして利用される場面も多くなっています。これらのサービスが人間の反射的な判断機能と接続される場合、宇宙全体の知能と接続された時のような協調や創造的に向かうどころか、人間の行動が反射的なある方向に単純化される恐れがあり、現実にそのような事象が多くなってきています。

自然を通して本当の自分と、その奥の宇宙の知能と接続すること。権威に従いすぎないこと。既成の手法に囚われないこと。「手の知能」を磨くこと。それは、何かに操縦されることなく、画一化されることもなく、自律的でありながら全体が調和するための、人間の生き方にように感じます。


Capellagården
https://www.capellagarden.se