『樹の文化誌』『辺境・近境』『食糧テロリズム』

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GCのBOOK FORESTより2021年3月おすすめの3冊をご案内します。いずれも刊行より時間が経過している本たちですが、このタイミング、この組み合わせに「今」を感じました。

足田輝一著『樹の文化誌』(朝日新聞社)
ヴァンダナ・シヴァ著『食糧テロリズム 多国籍企業はいかにして第三世界を飢えさせているか』(明石書店)
村上春樹著『辺境・近境』(新潮社)

足田輝一著『樹の文化誌』ヴァンダナ・シヴァ著『食糧テロリズム 多国籍企業はいかにして第三世界を飢えさせているか』村上春樹著『辺境・近境』

「さても樹という樹は 人間よりもはるかに長くて広い 時空のなかに起って 人間の歴史を 見降ろしてきたのであろう この風土の上で 星霜を重ねてきた 自然と人間との交流の跡を 樹々をめぐる文化の物語を エピソードの年輪を さぐりさぐり 人間精神の森林への 探求の旅を始めてみよう」 『樹の文化誌』 p.4

「中国における森林の荒廃は、10世紀から14世紀をエポックとし、唐から宋、元の時代にかけて、諸因子が複合して森林構成に影響した、としている。ことに興味深いのは、13世紀後半における、日本遠征の犠牲である。」 『樹の文化誌』 p.351

「先住民族であるインディオたちがどれほど劣悪な環境で酷使されたかは、その人口の激減ぶりによって推察できる。スペイン人がこの地を征服したとき、チアパスに住むインディオの数は約35万人だったが、1600年にはその数は実に9万5千にまで減っている。スペイン人が旧大陸から持ち込んだ伝染病もその先住民人口減少の大きな一因ではあるけれど、それにしてもすさまじい減りようである。インディオたちがいかに「消耗品」として扱われたかをうかがうことができる。」 『辺境・近境』 p.82

「しかし遮蔽物も溝も起伏も木立も何もないまっ平な大草原の真ん中では、狼は四輪駆動車にはまず勝てない。自動車は決して疲れないからだ。(中略)狼は立ち止まり、肩で大きく息をし、覚悟を決めたように僕らのほうをじっと見つめる。どうあがいてもそれ以上逃げきれないことを、狼は知っている。そこにはもう選択肢というものはない。」 『辺境・近境』 p.184

「でも今は、そこにはもう海はない。人々は山を切り崩し、その大量の土をトラックやベルトコンベアで海辺まで運び、そこを埋めた。山と海が近接した阪神間は、そのような土木作業には実に理想的な場所だ。山が切り崩されたあとにはこぎれいな住宅が建ち並び、埋め立てられた海にもやはりこぎれいな住宅が建ち並んだ。(中略)その平和な風景の中には、暴力の残響のようなものが否定しがたくある。僕にはそのように感じられる。その暴力性の一部は僕らの足下に潜んでいるし、べつの一部は僕ら自身の内側に潜んでいる。」 『辺境・近境』 p.230

「工業化された農業がより多くの食物を生産したことはない。工業化された農業は様々な食糧源を破壊してきたし、特定の商品をより多く市場に運ぶために他の生物から食物を盗み、その過程で莫大な量の化石燃料、水、有害化学物質を使用してきた。(中略)工業化された農業のもとでの小麦とトウモロコシの収量の増大は、小規模農地が与えてくれる他の食物の収量を犠牲にして達成されるものでもある。豆類や豆野菜類、果物類、野菜類は、農地からも収量の統計からも姿を消した。2、3種類の商品穀物については国内ならびに国際市場への出荷量が増加したものの、第三世界の農家の家族の口に入る食物は減ってしまった。」 『食糧テロリズム』 p.28

「底曳き船は、通常は浅海域で捕れるエビ類を求めて連続して海床を渫うので、水域をひどく濁らせ、底棲性の稚魚や海底に産卵する魚類の生息地を破壊する。1970年代末から1980年代初頭までに、海の漁獲高の成長率は年2パーセントにまで落ち込んだ。ところが、漁業経済の全体的な停滞にもかかわらず、クルマエビ類の輸出―それは全て日本と米国の市場に冷凍して送られるのだが―は劇的に増大した。トロール船団は網を使って浅海にいる全ての魚を掬い捕ってしまう。そうして獲られた魚の多くが、商業価値はないが、生態系にとってはきわめて価値が高いものである。地球規模の市場で商業価値のない魚種や、規格化されたパッキングサイズに合わない魚は、殺されて海に投げ捨てられる。」  『食糧テロリズム』 p.62

「どの企業も、彼らの製品である種子や食品の安全性は試験済みであると、繰り返し口にしている。(中略)多くの遺伝子組み換え植物は、ウイルス性の病気に耐性を持たせるために、そのウイルスのコートタンパク質*に関わる遺伝子を組み込むように作られている。 *コートタンパク質 ウイルスの遺伝子(ゲノム)を包んでいる外殻タンパク質のこと。」 『食糧テロリズム』 p.151

「インドの農業において女たちは、150種類にものぼる植物(バイオテクノロジー産業はこれを全て雑草と呼ぶだろうが)を薬として食物として、あるいは飼葉として使っている。最貧困層の人たちにとって、この生物多様性は生存のために最も重要な資源なのである。」 『食糧テロリズム』 p.154

「種子と作物は生命再生の源として、また肥沃さを体現するものとして、祝福されてきた。アジアでは、米は昔から、栄養と文化的アイデンティティー双方の重要な源であった。(中略)インドでは稲は生命の息吹と同一視されている。種の多様性を破壊する単一種大面積栽培(モノカルチュア)を導入した緑の革命以前には、インドでは20万以上の品種の稲が栽培されていた。(中略)バスマティ米の横取りは、企業が第三世界の生物多様性と土着の発明に対して“知的所有権”を主張して、地球規模の市場の外で生き残るための最後の資源を貧しい人々から奪いとっていく様子を示すほんの一例にすぎない。」 『食糧テロリズム』 p.124

「日本の近代化のなかで、森は次第に消えていき、私たちの日常から、樹の姿が失われつつある現在でも、私たちの心中には、気高く清々しい幻の宇宙樹は、厳然としてそびえたっている、と私は信じる。(中略)庭からも、街からも、村からも、山からも、樹々の姿がうすれてゆき、ガソリン臭い文明だけが横行している。しかし、人間という存在が生きる限り、緑への希求が絶え、樹への信仰の消え去ることはあるまい。」 『樹の文化誌』 p.489