ケルト 再生の思想 ― ハロウィンからの生命循環

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ケルト 再生の思想ーハロウィンからの生命循環

七月最後の日曜日の「リーク・サンデー」に、大西洋の湾を見下ろす聖パトリックゆかりの山「クロー・パトリック」(メイヨー州)の頂をめざして、数千人が夜中に登り朝日を仰ぐ慣わしである。この山で四四一年、聖パトリックがキリストの苦行に倣い四十日間断食を敢行したという言い伝えがあり、近代では「クロー・パトリック」へのトレッキングは、キリスト教の慣習と考えられてきた。しかし、この「巡礼」の古層には、異教時代から、ルーナサ祭における「糧を産む大地」への崇敬があった。そもそもこの山の名、古アイルランド語の「クロー」とは、トウモロコシの「干草の山」「千草」「円錐形の積み山」を意味し、そこから「山」「丘」の意味までになった。根源的に穀物を収穫した後の「積藁」を原義にもつ。

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日本においても、神社などの崇拝されてきた場所、神の名、そして風習…それらがたとえ昔から伝わっているということになっていても、その意味が途中で上書きされている、書き換えられている事例はたくさんあると思います。例えば、一般的に神社は南向きに建てられていることが多いですが、その神社を拝む場合に太陽に背を向けることになるのはなぜなのでしょう?本当は北の方角にあるものを拝んでいるのでは?その神社の後ろに石が祀られていたり、巨木や岩で囲まれたエリアが存在する例が多いのはなぜなのでしょう?

数年前に訪れた奈良の玉石社では巨木で囲まれた小さなエリアとそこにある玉石が御神体とされ、続けて訪れた和歌山の神倉神社では、大きなゴトビキ岩が御神体として祀られていましたが、その後ろに古代から神域とされたであろう岩と岩に囲まれたエリアを確認することができました。

そして、伊勢の外宮の祭神である豊受大神(稲荷神)の本当の意味合いは何なのか?明治時代に鏡が礼拝の対象物として半ば強制的に配られたのはなぜなのか?などなど、日本の神社・寺院だけでも、その本来の意味を考察する楽しみがたくさんあります。

「ルーナサ/マラス」は、ケルトの祭暦のなかで最もその大地の恵みをもたらす「地霊」と触れ合う時であると言い換えることができる。その「地霊」との触れ合いに関して、最後にもう一つ記しておかねばならないことがある。なぜ、ルーナサ祭前後の日曜日が伝統的に「黒の日曜日(ブラック・サンデー)」と称されてきたのか、またそれはなぜ「腰曲がりの黒主の日」といわれてきたのか。なぜ「稔り」が「黒」や「曲がり」に関係するのだろうか。その答えに最後の鍵がある。ルー神の母親たちの「開墾」と「穀物」の恵みを支援し、ひとり地下世界で地味ながら活躍する「男の精霊」がいたことを、忘れてはならない。

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この男女の立ち位置が面白いですが、母なる大地、地母神を安定した地平として、そこで地味に男の精霊が活躍をする。生と死、地面の上と土の中、冬と夏の循環が生まれ、無から生命が涌き出てくる。その生命の糧となる恵みも同時に大地から豊かに涌き出てくる。そして、その循環が無限に続くよう、収穫祭のような自然の恵みへの感謝をし続け、冬のように恵みが直接は見えない時期においても、何らかをその象徴として祀り、その循環の正しい回転を祈り続けてきたのでしょう。

先日、GCのある北杜市でもそのような視点で書かれた本が出版されているのを見つけました。どの地域においても、小さな祠のように古くから伝えられてきた「大事にしてきたもの」があると思います。そんないつもの景色を、いつもより少し深く広い視点で改めて感じてみることで、また違ったものに見えてくると思います。

『ケルト 再生の思想 ― ハロウィンからの生命循環』
鶴岡 真弓 (著)